東京高等裁判所 平成10年(ネ)5220号 判決 2000年2月29日
控訴人
北辰工業株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
大場正成
同
尾崎英男
同
嶋末和秀
右補佐人弁理士
【B】
同
【C】
被控訴人
鹿島建設株式会社
右代表者代表取締役
【D】
右訴訟代理人弁護士
橋元四郎平
同
鈴木道夫
同
藤原浩
同
木澤克之
同
石島美也子
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における新請求を棄却する。
当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
第一控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金三億七八六〇万円及びこれに対する平成八年一月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
(なお、原判決の請求第二項の請求は、当審において取り下げられた。)
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件各発明
(一) 【A】(以下「【A】」という。)は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲第1項記載の特許発明を「本件工法発明」といい、特許請求の範囲第2項記載の特許発明を「本件装置発明」という。また、本件工法発明と本件装置発明を併せて「本件各発明」という。)を有していた。
特許番号 第一二六六四三九号
発明の名称 支持真柱建込み工法および支持真柱建込み装置
出願日 昭和五五年五月三〇日
出願公開日 昭和五七年一月五日
公告日 昭和五九年一〇月一二日(昭五九ー四二一四三)
登録日 昭和六〇年五月二七日
特許請求の範囲第1項
「地盤中にケーシングを圧入し、そのケーシング内を掘削し、その底部に鉄筋コンクリート基礎を打設してから、直交するレールを介して前後および左右に移動調節自在にして、かつ三六〇度回転調節自在な支持真柱建込み装置を地上に設置し、この装置を貫通して支持真柱を前記ケーシング内に吊り下げて支持真柱の下端部を前記打設コンクリート中にどぶづけし、前記支持真柱建込み装置上に設けたジャッキにより支持真柱を高低調節自在に支承すると共に、前記貫通部に設けた起倒自在でかつ基部が摺動自在なガイドローラ付アームよりなる真柱ガイド装置により支持真柱を挟持し、この支持真柱建込み装置と、支持真柱とケーシング間に配置した複数組の調節ジャッキにより支持真柱の芯出しを行った後、前記打設コンクリートの養生を行うことを特徴とする支持真柱建込み工法。」
特許請求の範囲第2項
「ベースフレーム上に敷設したレールを介して一方向に移動自在にして固定位置が調節できる下部台車を設け、この下部台車上に敷設したレールを介して下部台車の移動方向と直交する方向に移動自在にして固定位置が調節できる上部台車を設け、この上部台車上に三六〇度回転自在にして固定位置が調節できる回転台を設け、この回転台上に支持真柱支承用ジャッキを設けると共に、起倒自在なガイドローラ付アームの基部を放射方向に移動自在にして固定位置が調節できるようにした複数組の真柱ガイド装置を設けてなる支持真柱建込み装置。」
(二) 【A】は、控訴人に対して本件特許権を譲渡し、平成六年一二月一九日、その旨の登録がされた。
2 本件各発明の分説
(一) 本件工法発明の構成要件を分説すると、次のようになる(以下「本件工法発明①」のようにいう。)。
①a 地盤中にケーシングを圧入し、
b そのケーシング内を掘削し、
c その底部に鉄筋コンクリート基礎を打設してから、
② 直交するレールを介して前後および左右に移動調節自在にして、かつ三六〇度回転調節自在な支持真柱建込み装置を地上に設置し、
③a この装置を貫通して支持真柱を前記ケーシング内に吊り下げて支持真柱の下端部を前記打設コンクリート中にどぶづけし、
b 前記支持真柱建込み装置上に設けたジャッキにより支持真柱を高低調節自在に支承すると共に、
④a 前記貫通部に設けた起倒自在でかつ基部が摺動自在なガイドローラ付きアームよりなる真柱ガイド装置により支持真柱を挟持し、
b この支持真柱建込み装置と、支持真柱とケーシング間に配置した複数組の調節ジャッキにより支持真柱の芯出しを行った後、
⑤ 前記打設コンクリートの養生を行うことを特徴とする支持真柱建込み工法。
(二) 本件装置発明の構成要件を分説すると、次のようになる(以下「本件装置発明①」のようにいう。)。
① ベースフレーム上に敷設したレールを介して一方向に移動自在にして固定位置が調節できる下部台車を設け、
② この下部台車上に敷設したレールを介して下部台車の移動方向と直交する方向に移動自在にして固定位置が調節できる上部台車を設け、
③ この上部台車上に三六〇度回転自在にして固定位置が調節できる回転台を設け、
④ この回転台上に支持真柱支承用ジャッキを設けると共に、
⑤ 起倒自在なガイドローラ付きアームの基部を放射方向に移動自在にして固定位置が調節できるようにした複数組の真柱ガイド装置を設けてなる支持真柱建込み装置。
3 イ号方法、イ号装置
被控訴人は、別紙物件目録記載の被告装置(以下「イ号装置」という。)を常盤産業株式会社(以下「常盤産業」という。)に製造させ、これを使用して、別紙物件目録記載の被告工法(以下「イ号方法」という。)を行っている。
4 イ号方法、イ号装置の分説
イ号方法及びイ号装置の構成上の特徴を分説すると、次のようになる(以下「イ号方法①」のようにいう。)
(一) イ号方法
①a 地盤の表層側にだけスタンドパイプを圧入し、
b そのスタンドパイプの下方をリバース工法により支持層に当たるまで掘削して杭孔を形成し、
c 掘削によって形成された杭孔の底部にコンクリートを打設する。
②a 直交する上部及び下部レールによりXーY方向に移動自在に、かつ、旋回輪軸受6aにより所定垂線軸線回りに回転可能に、支持架台が支持されるとともに、回動調整油圧シリンダにより支持架台が最大回動中心角±八度のわずかな角度範囲で回動調節自在な構真柱建込機(イ号装置)を、クローラクレーンを用いて杭孔に対応する作業床上に位置合せして設置する。
b イ号装置の支持架台上に設置された真柱ガイド装置にあらかじめ装着されたゲージ枠及び水糸を用いて、ゲージ枠の中心が芯墨の中心(イ号装置をセットすべき所定の位置)と一致するように芯合せてして支持架台をセットする。
c 支持架台のセット後に、イ号装置からゲージ枠及び水糸を取り除く。
③a イ号装置の支持架台上に固定された真柱ガイド装置のガイドアームを立てて開口を大きくとった状態で、支持真柱をスタンドパイプから杭孔内に徐々に吊り下げていき、支持真柱の下端部を打設コンクリートに挿入させる直前で各ガイドアームを倒してガイドローラを支持真柱に挟持させることなく緩く接触させ、その後は、回転フリーのガイドローラに案内されて支持真柱の下端部が打設コンクリート中にどぶづけされる。
b イ号装置の支持架台上に設けられたジャッキにより、支持真柱を所定の高さに調節自在に支承する。
④a 支持真柱の下端部を打設コンクリートに挿入させる直前で各ガイドアームを倒してガイドローラを支持真柱に圧着させることなく緩く接触させ、その後は、回転フリーのガイドローラに案内される。このとき、支持架台に基部が起倒自在に固定された片持梁状のガイドアームの自由端部にガイドローラを備えた真柱ガイド装置により支持真柱をガイドして振れ止めする。
b 真柱ガイド装置により支持真柱をガイドした状態で、吊り下げられた状態にあるが、コンクリートに挿入されていない状態の構真柱31が垂直になるよう、複数組の水中ジャッキ40を作動させて調整する。水中ジャッキ40を作動させて、構真柱31の垂直性を維持しながら、構真柱をどぶづけする。真柱ガイド装置により支持真柱をガイドした状態で、どぶづけされた支持真柱をジャッキ13で高さ位置を調整して保持し、支持真柱の建込精度を測定する。
精度があらかじめ定められた許容値以下におさまるよう、複数組の水中ジャッキ40を作動させて調整する。
精度が許容値以下におさまらない場合には、クレーンを作動させて、構真柱31をコンクリートから引き抜き、イ号装置の支持架台を作動させて構真柱31の位置を修正した後、再度どぶづけを行い、さらに前記建込精度の測定及び水中ジャッキ40を作動させて調整する作業を繰り返す。
(二) イ号装置
① ベースフレーム上に敷設した下部レールを介して一方向に移動自在にして固定位置が調節できる下部台車を設ける。
② この下部台車上に敷設した上部レールを介して下部台車の移動方向と直交する方向に移動自在にして固定位置が調節可能な上部台車を設ける。
③ この上部台車上に、旋回輪軸受により所定垂直軸線回りに回転可能に支持され、回動調整油圧シリンダにより最大回動中心角度±八度の角度範囲で回動調整自在に位置調節できる支持架台を設ける。
④ この支持架台上に、構真柱支承用ジャッキを設ける。
⑤a 支持架台上に複数組の真柱ガイド装置を設け、
b この真柱ガイド装置は片持梁状ガイドアームの基部が支持架台に固定されて起倒自在に支持され、ガイドアームの自由端部にガイドローラが回転自在に設けられる。
c ガイドアームは基部側アームブロックとアーム長固定用の中間アームブロックとガイドローラ支持用の先端側アームブロックとをボルト締めで一体に組み立てて構成され、予め用意された複数種の中間アームブロックの中から使用する構真柱の型状・寸法に対応した特定の中間アームブロックを選択して組み立てることにより、組み立てられたガイドアームのアーム長が所要長に設定される支持真柱建込機。
5 イ号方法についての侵害の成否
イ号方法は、文言上又は均等により、本件工法発明の技術的範囲に属する。
(一) 本件工法発明①とイ号方法①は、同一である。
イ号方法①aにおける「地盤の表層側」であっても、本件工法発明①aにいう「地盤中」であることには変わりなく、また、イ号方法①bにいう「スタンドパイプ」は本件工法発明①bの「ケーシング」に含まれる。
また、本件工法発明①bにいう「ケーシング内」とは、ケーシングの円周の内側という趣旨であって、イ号方法①bの「スタンドパイプの下方」であってもその円周の内側であることには変わりない。
さらに、本件工法発明①cにいう「その底部」とは、①bにおいて「掘削し」た穴の底部の意味であるから、イ号方法①cにおける「掘削によって形成された杭孔の底部」はこれに該当する。
(二) 本件工法発明②(本件装置発明②・③)とイ号方法②(イ号装置②・③)は、同一である。
(1) 本件各発明において回転台を回転させるのは、支持真柱の回転位相について、数度の回動範囲で微調整を行うために設けられているものであり、「三六〇度」という用語により意味しようとしたことは、実際に三六〇度という量の回転をさせるということではなく、垂直軸線回りに回転調節自在という「回転の性状」を強調したにすぎない。
(2) すなわち、支持真柱建込み装置の設置に当たっては、建設現場の作業地盤床平面上で設計内容に従って支持真柱を建込む位置を定め(墨だし)、これに合わせて同装置を設置し、次に、設置された支持真柱建込み装置の前後及び左右方向移動調節機能を利用して、後に支持真柱が貫通した時の支持真柱の芯に相当する装置上の位置が設計上支持真柱の芯の位置すべき所定位置に合致するよう位置決め(芯出し)するものである。そして、支持真柱を吊り下げた段階では、支持真柱の上側を真柱ガイド装置により保持し、支持真柱の真柱ガイド装置による保持位置よりも下側を複数組の調節ジャッキで保持することにより、支持真柱の垂直性を確保するのである。どぶづけは、傾斜計により支持真柱の垂直性を確認しながら行うが、支持真柱を吊り下げた後、どぶづけする前に、調節ジャッキを調整して支持真柱の垂直性を確保し、さらに、どぶづけ後にも、支持真柱の建込精度を確認し、許容誤差におさまるように調節ジャッキを調整するのである。かかる作業を行っても、許容誤差におさまらない場合は、支持真柱建込み装置を作動させ、支持真柱自体の①XY平面上の位置、②回転位相を修正するのである。このような、支持真柱を吊り下げた段階で行う芯出しは、最後の微調整であるから、この段階で行われるのは、回転角度一度以下ないし数度の回転である。特許請求の範囲の記載が実際に三六〇度だけ回転することを意味すると解することは、このような当業者の技術常識にかんがみると、不合理である。
(3) この点は、本件特許権の出願手続において、拒絶理由通知に引用された引用例1、2(以下「本件引用例1、2」という。)の内容からも明らかである。
本件引用例1(特開昭四八ー一五三一一号公報。乙第三号証)では、ケーシングチューブの上端にブラケット(A)を固定する時にその位置決めに当って第11図に示されている長孔19とボルト21を用いている。すなわち、ケーシングチューブ(A)の上端の4箇所にブラケット(A)が固定されるが、チューブの円周上のブラケット固定位置を最終的に調整するために長孔19の円弧の長さ分だけブラケット固定位置を円周上で変えることができる。この調整はチューブの円周上4箇所でそれぞれ別々になされる。この4箇所の調整を行った上で、ブラケット(A)上にジャッキ(B)を戴置し、その上に井桁に組んだ位置決め枠(C)を戴置するので、結果的に位置決め枠(C)の回転方向の位置を調整したことにはなる。ただし、この調整は鋼管柱を吊り降ろす前の、位置決め枠(C)を戴置する段階での調整である。引用例1ではガイドパイプ(D)を介して鋼管柱を吊り降ろしてからも長孔19とボルト21の調整を行うのかどうか明らかではないが、もしそのような調整を行うとしたら、その場合調整は四箇所のボルトについて同時にはできないから、一つ一つのブラケットごとに行うこととなる。そうすると回動の軸は調整しようとする長孔・ボルトのあるブラケットと対向するケーシングチューブの反対側に固定されたボルト21を軸として回動することになり、ブラケットごとに回動の軸が異なる。
また、本件引用例2(特公昭五三ー三五三六三号公報。乙第四号証)では、トラニオン装置の軸受8が上部固定台上をねじ杆8aによって摺動するようになし、第4図の左右の軸受8を固定台上を相反方向に摺動させることによってトラニオン装置全体をわずかに旋回させることが開示されている(3欄二三行ないし三七行)。しかし、この旋回も左右の軸受8を別々に摺動して行うものであり、トラニオン装置が一つの中心軸線のまわりに正確な円回転をすることはできない。
そして、「回転」という用語は、「くるくるまわること。また、まわすこと」あるいは「休止せず、たえず活動・活用しつづけること」(広辞苑第五版四四二頁)と定義されており、必ずしも所定位置の垂直軸線の回りに回転するということが一義的に明確とはいえない。
これらによれば、本件特許権の出願人のした「三六〇度回転」との手続補正(乙第五号証)が、本件引用例1、2の回動や旋回による調整に対して、本件各発明の回転台による回転が中心軸線の回りの正確な円軌道上の回転であるという点における差異を更に強調するためにしたものであることは、明らかである。
なお、昭和五九年五月二三日付け意見書(乙第六号証)には、「わずかな角度回動できるだけ」という記述もあるが、右の記載は、全体として本件引用例1が長孔19を介した自在板20の回転であり、本件引用例2は対向する軸受8の相反方向への移動による回転であることの指摘に意味があり、本件引用例の回転角度がわずかであることが本件各発明との差異であることを意味するものではない。
(4) また、本件特許公報中の「ケーシンク孔内のどのような偏心位置にでも真柱を建込むことができる」との効果(甲第一号証6欄二行、三行)は、装置をケーシング孔の中の偏心した位置に設置できることから生じる効果であり、偏心位置への建込みであっても支持真柱の回転位相の調節量が微小であることはケーシング孔内の中心位置に建込む場合と同じである。したがって、右の効果を理由として本件特許権の出願人が本件各発明の構成要件に三六〇度にわたって回転できるという内容の要件を加えなければならなかったと解することはできない。
(5) そして、イ号方法に使用されるイ号装置には、旋回輪軸受6aがあり、その支持架台(調整台)6は垂直軸線回りを±八度の範囲で回転することができるものである。
(6) したがって、イ号方法(及びイ号装置)は、「三六〇度回転調節自在」(及び「三六〇度回転自在」)との要件を満たすものである。
(三) 本件工法発明③とイ号方法③は、同一である。
イ号方法③aは、イ号装置の支持架台を貫通して支持真柱をスタンドパイプ内に吊り下げて支持真柱の下端部を打設コンクリート中にどぶづけすることにほかならず、「イ号装置の支持架台」が本件工法発明③aの「この装置」、「スタンドパイプ」が同「ケーシング」にそれぞれ相当するから、本件工法発明③aを充足する。
また、イ号方法③bは、「イ号装置の支持架台」が本件工法発明③bの「支持真柱建込み装置」に相当し、「所定の高さに調節自在に支承」とは本件工法発明③bの「高低調節自在に支承」ということにほかならないから、本件工法発明③bを充足する。
(四) 本件工法発明④(本件装置発明⑤)とイ号方法④(イ号装置⑤)は、同一である。
本件工法発明④aでは「基部が摺動自在」としているのに対し、イ号方法(イ号装置)では、ガイドアームの基部が支持架台に固定されている一方、ガイドアームが基部側アームブロックとアーム長固定用の中間アームブロックとガイドローラ支持用の先端側アームブロックとをボルト締めで一体に組み立てて構成され、あらかじめ用意された複数組の中間アームブロックの中から使用する構真柱の型状・寸法に対応した特定の中間アームブロックを選択して組み立てることにより、組み立てられたガイドアームのアーム長が所要長に設定されるものであるが、イ号方法(イ号装置)は、均等論により、本件工法発明(本件装置発明)の技術的範囲に含まれる。
(1) すなわち、本件工法発明④a(本件装置発明⑤)の真柱ガイド装置は、建込み装置を貫通する支持真柱をガイドする機能を有する。アームが起倒自在であることによって、支持真柱をクレーンで吊り下ろす時にはアームを起して開口を十分広くとることができ、また、ガイドローラによって支持真柱をガイドをする時にはアームを倒してローラ間の開口の大きさが支持真柱のサイズに合致するように調節することができる。この点において、イ号方法④a(イ号装置⑤)は本件工法発明④a(本件装置発明⑤)と合致している。
一方、両者の相違点は、建込み装置が様々なサイズの支持真柱に対応することができるように、アームを倒した時のガイドローラ間の開口のサイズを変更する手段に関するものである。本件工法発明④a(本件装置発明⑤)は、アームの基部を移動自在にしてガイドローラ間の開口サイズを調整するのに対し、イ号方法④a(イ号装置⑤)では、アームを分割して長さの異なる中間アームブロックをあらかじめ準備することによって同一の目的を達している。
本件各発明は、一本の支持真柱を建込む一連の作業を正確かつ容易、迅速に行えるようにする手段であることに発明の本質があるが、右の相違点は、同じ装置が異なるサイズ、形状の支持真柱にも適用できるために設けられた本件各発明の本質ではないところの手段に関する相違である。
したがって、本件では、相違部分が特許発明の本質的部分ではないとの均等の第一要件を満足している。
(2) 右(1)のとおり、本件各発明は個々の支持真柱の建込み作業を正確かつ容易、迅速に行うことを目的とし、そのような作用効果を有するものであるところ、右相違部分は個々の支持真柱の建込み作業とは関係のない構成であり、しかも、両者は支持真柱建込み装置が異なるサイズ、形状の支持真柱に適用できるための手段であることにおいても同一であるから、右置換によって本件各発明の目的、作用効果に何らの差異が生じることもない。
したがって、本件では、相違部分の置換によって特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するとの均等の第二要件を満足している。
(3) 本件特許明細書の開示(甲第一号証6欄八行ないし一三行)により、当業者は、本件各発明においてアームの基部を移動させる構成の目的が、異なるサイズ、形状の支持真柱に適用するために、アームを倒した時のガイドローラ間の開口のサイズを変更することにあることを理解する。本件各発明を知る当業者にとっては、アームの基部の移動によってアームの実効上の長さを調節する代りに、アーム自体を分割して長さを可変とすることは容易に考え得ることである。
したがって、本件では、置換が当業者にとって侵害行為時において容易に想到することができるとの均等の第三要件を満足している。
(4) 本件引用例1、2には、そもそもレールを介した上部台車、下部台車、上部台車上の中心軸線の回りに回転する回転台の組合せによる装置が開示されていない。しかし、イ号方法、イ号装置には本件各発明と同じくこれらの組合せの構成が用いられているから、イ号方法、イ号装置が本件各発明の出願時に本件引用例1、2から容易推考されるものではない。
したがって、本件では、対象工法及び製品が特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考することができたものではないとの均等の第四要件を満足している。
(5) イ号方法④a(イ号装置⑤)と本件工法発明④a(本件装置発明⑤)との前記相違点は、本件特許権の出願人が手続補正によって加えた内容に関する相違ではなく、出願当初の特許請求の範囲に記載された内容に関する相違であるから、本件では手続補正に基づいて包袋禁反言を論じる余地はない。
したがって、本件では、対象工法及び製品が特許出願手続において意識的に特許請求の範囲から除外されたものに当たるなどの特段の事由の不存在という均等の第五要件をも満足している。
(五) 本件工法発明⑤とイ号方法⑤は、同一である。
6 イ号装置についての侵害の成否
イ号装置は、前記5と同様の理由で、本件装置発明の技術的範囲に属する。
(一) 本件装置発明①とイ号装置①は、同一である。
(二) 本件装置発明②・③とイ号装置②・③は、同一である。その理由は、前記5(二)のとおりであり、イ号装置③の支持架台は垂直軸線回りを±八度の範囲で回転することができるから、本件装置発明③の「三六〇度回転自在」の要件を充足する。
(三) 本件装置発明④とイ号装置④は、同一である。イ号装置では、支持架台上の構真柱支承用ジャッキが設けられているから、本件装置発明において回転台上に支持真柱支承用ジャッキを設けていることと同一である。
(四) 本件装置発明⑤とイ号装置⑤は、同一である。その理由は、前記5(四)のとおりであり、少なくとも、イ号装置は、均等論により、本件装置発明の技術的範囲に含まれる。
7 損害
控訴人が平成七年度に支持真柱建込み装置を使用して施工した工事の工事代金額合計は、九億三九八〇万円である。控訴人は、支持真柱建込み装置を七台保有しているところ、被控訴人は、イ号装置を六台保有しているので、被控訴人は、一年間に、右工事代金額の七分の六に相当する額の工事代金を、イ号装置を使用して施工した工事によって取得することができる。
本件各発明の実施料相当額は、工事代金額の五パーセントが相当である。
そうすると、平成二年八月三一日から平成八年一月三〇日までの五年五箇月間における実施料相当額は、二億二一五二万円となり、平成八年一月三〇日から平成一一年一〇月二二日までの三年九箇月間における実施料相当額は、一億五七〇八万円となるので、その合計は三億七八六〇万円となり、これが、控訴人が本件特許権侵害行為によって被った損害額となる。
8 当審における予備的請求ー本件情報及び図面の不正使用ついての共同不法行為
(一)(1) 控訴人は、長年ビルの基礎となる構真柱の建込工事を手掛け、工法にも種々の工夫をこらし、「北辰式工法」として大手建設業者や設計者にも信用を得てきた。特に、控訴人代表者である【A】が昭和五五年春頃までに開発、完成した本件装置発明は、構真柱のXY平面上の位置、高さ、垂直性、回転位相を正確かつ容易、迅速に調整することを可能とした、従来にない画期的な発明であり、当時、控訴人以外には、このような装置を用いて正確、安全、迅速にビルの基礎となる構真柱の建込みを行っていた例はなかった。
(2) 本件装置発明は、前記1のとおり、昭和五五年五月三〇日に特許出願され、昭和五七年一月五日に出願公開され、昭和五九年一〇月一二日に出願公告された後、昭和六〇年五月二七日に特許登録された。
(3) しかし、控訴人としては、自ら工事を請負うのが本業であり、この発明を独占的に使用することによって重要なビルの基礎工事の請負を増加させることができるので、他社にこれを実施許諾することはなかった。
(二)(1) 控訴人は、昭和五七年八月頃、常盤産業に対し、本件装置発明に係る装置(以下「控訴人装置」という。)の下請製造を依頼した場合にどの程度の金額で控訴人装置の製造が可能かにつき、見積りを依頼した。
常盤産業は、その頃、控訴人の許諾を得て控訴人装置を解体し、図面を作成し、見積書を提出した。
(2) これにより、控訴人・常盤産業間には、常盤産業が、控訴人装置を解体の上、図面を作成すること、そして常盤産業が入手・作成する情報及び図面(以下「本件情報及び図面」という。)を見積りに必要な範囲でのみ使用し、見積り以外の目的で使用しないとの準委任契約が成立したというべきである。
(3) 仮に、右(2)の準委任契約の成立が認められないしても、控訴人が常盤産業に控訴人装置の解体、図面作成を許したのは、両者間の信頼関係に基づくものであり、本件情報及び図面を見積り以外の目的に流用することは、信頼関係に背くもので、著しく信義に反し不誠実であって、不正競争とも評すべきものであるから、条理上も、常盤産業は本件情報及び図面を目的外に流用しないという義務を負う。
(三) しかるに、常盤産業は、被控訴人と共謀し、平成元年八月頃から、控訴人との契約上の義務又は信頼関係に基づく義務に違反して、本件情報及び図面を目的外に使用し、控訴人装置に代替し、これと競合し得るイ号装置を設計した。
(四) 常盤産業の社員【E】は、陳述書(甲第一九号証の一)において、イ号装置は既存の構真柱建込み装置(甲第五五号証)を改良したものである旨述べるが、右装置は、「微調整をXーY軸のフレームで位置決めしていた」(甲第一九号証の一第三頁下から四行、三行)もので、構真柱のXY平面上の位置、高さ、垂直性、回転位相のすべてを正確かつ容易、迅速に調整できるものとはいえないし、この装置をいくら眺めてみても、「ベースフレームと下部台車と上部台車で、回動可能な支持架台と複数組の真柱ガイドを備えている」装置に想い到ることはない。
(五) 常盤産業の営業担当社員だった【F】は、右【E】の設計行為が、事実上控訴人装置の模倣(真似)であった旨供述しており(甲第一一号証)、常盤産業代表者【G】は、一度は謝罪をしてきたものである(甲第三号証)。
(六) 被控訴人は、故意(少なくとも過失)により、常盤産業をして、準委任契約又は信頼関係に基づき控訴人に対して負っていた義務に違反させ同社に本件情報及び図面を目的外に使用させたものであるから、共同不法行為による不法行為責任を免れない。
被控訴人が常盤産業と共謀していた事実は、被控訴人が、平成三年六月二八日、常盤産業の作成した右図面とほとんど同一の図面を用いて特許出願したこと(甲第四号証の図2ないし図4)、控訴人が常盤産業に右図面の提供を求めた際、常盤産業が被控訴人から止められているとの理由で図面の提供を断ったこと(甲第一〇号証)、控訴人が被控訴人と交渉する過程で控訴人の求めに応じて被控訴人から図面の提供があったことから、明らかである。
(七) 常盤産業は、イ号装置を製造し、平成二年八月頃までに被控訴人(又は被控訴人を含む聖路加国際病院第三街区建設工事共同企業体)に納入した(甲第一二号証)。
(八) 控訴人は、被控訴人の共同不法行為により、工事受注の機会を失い、少なくとも前記7の請求額以上の損害を被った。
9 まとめ
よって、控訴人は、被控訴人に対し、特許侵害(予備的に、本件情報及び図面の不正使用ついての共同不法行為)による損害金三億七八六〇万円及びこれに対する不法行為後である平成八年一月二五日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被控訴人の主張
1 請求原因1(本件各発明)は認める。
2 同2(本件各発明の分説)は争う。
3 同3(イ号方法、イ号装置)は争う。
イ号方法、イ号装置は、控訴人による付加、変更、削除前の別紙物件目録の記載により表現されるべきである(控訴人による付加、変更、削除箇所は、別紙物件目録において、右線、二本線等により表示されている。)。
また、平成二年当時の聖路加病院基礎工事に「下部ジャッキ」は存在していなかった。
4 同4(イ号方法、イ号装置の分説)は争う。
5(一) 同5(イ号方法の侵害の成否)(一)は争う。
ベノト工法では、ケーシングを用いてその中を掘削するが、リバース工法では、ケーシングを用いない。リバース工法で用いられるスタンドパイプは、ケーシングとは、用途、機能を全く異にするものである。本件工法発明①は、ベノト工法について記載したものであるから、リバース工法であるイ号方法①とは、同一ではない。
(二) 同5(二)は争う。
(1) 明細書に用いる用語は、その有する通常の意味で使用し、かつ、明細書全体を通じて統一して使用しなければならない(特許法施行規則様式二九)。
「三六〇度回転自在」という用語は、その有する通常の意味において、回転台が零度から三六〇度の範囲内で、自由に円運動できる可能性を具備していること、すなわち、実際に回転する量そのものを表現するものであって、控訴人の主張は、特許発明の技術的範囲を確定する際の前記規則を無視する解釈というべきである。
(2) 控訴人は、本件工法発明においても、事前に芯出しを行うとしているが、いかなる工法においても、やみくもに構真柱を吊り下げるわけではなく、ある程度の「位置決め」は当然の前提としてるものであるが、それは、本件でいう「芯出し」ではない。控訴人が「調整」と主張している部分こそがまさに「芯出し」の本質的部分であり、本件工法発明はそれをどぶづけ後にしか行っていないのである。
(3) また、本件特許権の出願経過において、当初、特許庁審査官は、本件引用例1、2(乙第三、第四号証)を示した上で容易推考との理由で拒絶理由通知書(乙第二号証)を出し、これに対し、出願人である【A】が手続補正書(乙第五号証)及び意見書(乙第六号証)を提出して、本件引用例1、2では「わずかな角度で回動する」ことが開示されるのみであるが、本件各発明では、「三六〇度回転自在」であるから、そのような三六〇度回転自在にある構成は本件引用例1、2にはないと主張し、その結果、本件特許権が成立したものである。すなわち、「回転」それ自体が問題であったわけではなく、まさに三六〇度という回転の「量」そのものに着目して本件特許権が付与されたものである。
控訴人は、右のとおり、特許出願経過の過程において、自らの特許請求の範囲を限定し、その解釈について限定した主張を行っていたものであり、この経過を無視して、特許請求の範囲について広い解釈を主張するものであるから、禁反言の原則に照らしても許されないというべきである。
(4) そして、イ号方法、イ号装置では、±八度回動するにすぎないから、本件工法発明②の「三六〇度回転調節自在」、本件装置発明③の「三六〇度回転自在」の要件を充足しない。
また、イ号方法では、芯出しをするために、ゲージ枠や水糸が用いられる(イ号方法②b、c)のに対し、本件工法発明では、これらを用いることは示唆さえもされていないから、この点においても異なる。
(三) 同5(三)は争う。
本件工法発明③aでは、支持真柱をケーシング内に吊り下げるが、イ号方法③aでは、ケーシング内に吊り下げないから、異なっている。
また、本件方法発明③aでは、支持真柱を打設コンクリート中にどぶづけしさえすれば足りるが、イ号方法③aでは、あらかじめ芯出し状態に設置された構真柱建込機に支持真柱を貫通させてどぶづけし、芯出しを完了するという構成になっているから、異なる。
(四) 同5(四)は争う。
本件工法発明は、支持真柱を打設コンクリートにどぶづけした後に支持真柱を移転調節しながら芯出し作業を行うものである。これに対し、イ号方法では、あらかじめ芯出しした状態で支持真柱を吊り下げ、どぶづけするものである。このように、本件工法発明とイ号方法では、技術思想が根本的に異なる。そして、本件工法発明において真柱ガイド装置のガイドローラ付きアームの基部が摺動自在であることは、本件工法発明をどのような支持真柱にも適用することができるようにするためであって、必要不可欠な構成である。
このように、本件工法発明において真柱ガイド装置のガイドローラ付きアームの基部が摺動自在であることは、本件工法発明の本質的部分である。
また、本件各発明とイ号方法、イ号装置とでは、技術思想が根本的に異なり、本質的構成を異にするから、置換可能性や置換容易性を検討するまでもなく、均等は成立しない。
6 同6(イ号装置の侵害の成否)については、いずれも争う。
(一) 本件装置発明②・③とイ号装置②・③との対比についての認否、主張は、前記5(二)のとおりであり、イ号装置③は、本件装置発明③の「三六〇度回転自在」の要件を充足しない。
(二) 本件装置発明⑤とイ号装置⑤との対比についての認否、主張は、前記5(四)のとおりであり、均等が成立することはない。
7 同7(損害)は争う。
8 同8(予備的請求)(一)中、(1)のうち、控訴人が長年ビルの基礎となる構真柱の建込工事を手掛け、工法にも工夫をこらしてきたことは認め、その余は不知。(2)は認める。(3)は不知。
同8(二)、(四)、(五)は不知、同8(三)のうち、被控訴人の共謀の点は争い、その余は不知。
同(六)ないし(八)は争う。
イ号装置は、常盤産業が本件情報及び図面に基づいて設計、製造、販売したものではない。
イ号装置と控訴人装置とは、芯出しに関する技術的思想を根本的に異にするものであり、イ号装置は本件特許権を侵害するものでもないし、また、控訴人の有する製造ノウハウを利用するものでもない。
被控訴人が常盤産業の債権侵害に加担したとか、そのような教唆行為をした事実は全くない。
理由
一 本件特許権侵害の主張について
1 まず、イ号方法が本件工法発明②の「三六〇度回転調節自在」を充足するか、イ号装置が本件装置発明③の「三六〇度回転自在」を充足するかどうかついて検討することとする。
(一) 請求原因1(本件各発明ー特許請求の範囲第1項、第2項の記載)は当事者間に争いがない。
(二) これら本件各発明の特許請求の範囲の記載によれば、「三六〇度回転調節自在」、「三六〇度回転自在」は、文言上、回転台が三六〇度にわたって回転し得るものであるという回転の度合を示すものと認めるのが自然であるというべきところ、本件特許公報(甲第一号証)の発明の詳細な説明及び図面には、「三六〇度回転調節自在」等が、控訴人の主張するように、実際に三六〇度という量の回転をさせるという回転の度合ではなく、垂直軸線回りに回転調節自在、回転自在であるという回転の性状のみを意味するものと解すべきことをうかがわせる記載はない。また、墨だし、これに合わせての支持真柱建込み装置の設置、支持真柱建込み装置の前後及び左右方向移動調節機能を利用しての芯出しにより、支持真柱を吊り下げた段階で微調整のために行われるのは実際には回転角度一度以下ないし数度の回転であるとの点も、右「三六〇度回転調節自在」等を、回転の度合ではなく、垂直軸線回りに回転し得るという回転の性状を意味するものであると解すべき事情とは認められない。
2 また、「三六〇度回転調節自在」、「三六〇度回転自在」が回転台の三六〇度にわたる回転の度合を意味することは、出願経過を参酌することによって、より明らかである。
(一) すなわち、乙第一ないし第六号証によれば、次の事実が認められる。
(1) 【A】が本件特許権について出願をした際における特許請求の範囲は、次のとおりであった。
特許請求の範囲第1項
「地盤中にケーシングを圧入し、そのケーシング内を掘削し、その底部に鉄筋コンクリート基礎を打設してから、前後および左右に移動調節自在にして、かつ回転調節自在な支持真柱建込み装置を地盤上に設置し、この装置を貫通して支持真柱を前記ケーシング内に吊り下げて支持真柱の下端部を前記打設コンクリート中にどぶづけし、前記支持真柱建込み装置と、支持真柱とケーシング間に配置した複数組の調節ジャッキにより支持真柱の芯出しを行った後、前記打設コンクリートの養生を行うことを特徴とする支持真柱建込み工法。」
特許請求の範囲第2項
「ベースフレーム上に一方向に移動自在にして固定位置が調節できる下部台車を設け、この下部台車上に下部台車の移動方向と直交する方向に移動自在にして固定位置が調節できる上部台車を設け、この上部台車上に回転自在にして固定位置が調節できる回転台を設け、この回転台上に放射方向に移動自在にして固定位置が調節できる複数組の真柱ガイド装置を設けてなる支持真柱建込み装置。」
(2) 右出願に対して、特許庁審査官は、拒絶理由通知書(乙第二号証)を発した。その内容は、右出願に係る発明は、本件引用例1、2に基づいて容易に発明することができたものと認められるというものであった。
(3) 本件引用例1は、地下柱の建込み方法及び建込み装置に関するものである。本件引用例1では、ケーシングチューブを用いて地下孔を掘削し、地下孔の底部に基礎コンクリートを充填した後、ケーシングチューブの上部にブラケットを固定し、その上に自在板を取り付け、さらに、その上にジャッキと井桁状の位置決め枠を載置し、位置決め枠の中央部に、円孔を有する角形板体並びに貫通孔及び切り込みガイドを有する位置決め用テンプレートを設置し、リブ付きガイドパイプを、リブを右切り込みガイドに嵌入し右貫通孔を通って降下させ、ガイドパイプをその下にある鋼管柱と結合することによって、正しい位置に地下柱を建て込む方法及びそのための装置が開示されていた。右自在板は、正確な位置決めを可能にするために回動するようになっていたが、その範囲は、右自在板に切られた長孔の範囲であり、回動する範囲は限られたものであった。
本件引用例2は、地下柱の建込み方法に関するものである。本件引用例2では、地表に独立に自立して設置される固定台と、固定台の水平レベルを調整する水平レベル調整手段と、固定台の中央部に形成された鋼管柱を垂直方向に案内するための外枠内枠とからなり、外枠内枠の水平面内の直交する二方向の移動及び水平面内の回転を行う手段を設け、外枠内枠の水平面内において位置調節を可能としたことを特徴とする地下柱の建込み装置が開示されていた。右装置において、右回転は、鋼管柱を建て込む前又は建て込んだ後に行われるが、固定台上の対向する軸受本体を相反する方向へ移動させることによって行われるもので、その回転する範囲は限られたものであった。
(4) 右拒絶理由に対して、【A】は、手続補正書(乙第五号証)を提出して、特許請求の範囲を、前記第二の一1(一)記載のように補正した。そして、昭和五九年五月、意見書(乙第六号証)を提出し、本件各発明が進歩性を有する理由の一つとして、本件引用例1、2においては、わずかな角度回動することが開示されているのみであるが、本件各発明においては、三六〇度回転自在であるから、そのような三六〇度回転自在である構成は、本件引用例1、2にはない旨主張した。
(5) その結果、特許請求の範囲が前記第二の一1(一)のとおりである本件特許権が成立した。
(二) 控訴人は、右手続補正は、本件引用例1、2の回動や旋回による調整に対して、本件各発明の回転台による回転が中心軸線の回りの正確な円軌道上の回転であるという点における差異を更に強調するためにしたものであり、右意見書の「わずかな角度回動できるだけ」という記載は、全体として本件引用例1が長孔19を介した自在板20の回転であり、本件引用例2は対向する軸受8の相反方向への移動による回転であることの指摘に意味があり、本件引用例の回転角度がわずかであることが本件各発明との差異であるという意味ではない旨主張するが、これらの主張は、右手続補正書や意見書の記載から離れた不自然な解釈といわなければならず、到底採用することができない。
3 以上によれば、本件工法発明②の「三六〇度回転調節自在」、本件装置発明③の「三六〇度回転自在」は、文字どおり「三六〇度の回転」を意味するものと認められる。
4 イ号方法、イ号装置における構真柱建込機が中心角±八度の角度範囲においてのみ回動するものであることは、当事者間に争いがない。
したがって、イ号方法が本件工法発明②の「三六〇度回転調節自在」を充足するとは認められず、イ号装置が本件装置発明③の「三六〇度回転自在」を充足するとも認められない。
5 なお、前記2(一)に認定の事実によれば、イ号方法、イ号装置のように、構真柱建込機がわずかな角度範囲でしか回動しないものは、本件特許権の出願手続において、特許請求の範囲から意識的に除外されたものと認められ、イ号方法、イ号装置において中心角±八度の角度範囲においてのみ回動する点が「三六〇度回転調節自在」、「三六〇度回転自在」のものと均等であると認めることもできない。
6 そうすると、本件特許権侵害を理由とする控訴人の請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。
二 本件情報及び図面の不正使用ついての共同不法行為の主張について
1 甲第一一号証、甲第一九号証の一及び甲第五四号証によれば、控訴人は、昭和五七年八月頃、常盤産業に対し、控訴人装置の下請製造を依頼した場合にどの程度の金額で控訴人装置の製造が可能かにつき見積を依頼したこと、常盤産業は、その頃、控訴人の許諾を得て控訴人装置を解体し、図面を作成し、見積書を提出したことが認められる。
2 前記(第二の一1(一))のとおり、本件各発明は昭和五七年一月五日に出願公開されたものであり、常盤産業を含む公衆一般は、本件工法発明、本件装置発明の概要をその公開公報や公知技術等によって知ることができ、本件特許権の侵害に当たらない限り、右公開情報から得られた情報や公知技術等を利用して、ベースフレーム、下部台車、上部台車、回動可能な支持架台及び複数組の真柱ガイドを備えた構真柱建込機を製作することができるものであるから、常盤産業の行為が準委任契約違反の債務不履行又は信頼関係違反の不法行為として違法なものとなるには、常盤産業が単に右公開公報から得られる程度の情報を使用しただけでは足りず、右公開公報からは得られない控訴人装置の解体、図面作成により得られたノウハウともいうべき開示されていない控訴人の営業秘密に係る情報を使用したことが必要である。
しかしながら、常盤産業がイ号装置を製作したのは平成二年以降であることは、当事者間に争いがなく、イ号装置が本件特許権を侵害しないことは前記一に説示のとおりであり、常盤産業が右公開公報から得られる情報を超えて、控訴人装置の解体、図面作成により得られたノウハウともいうべき営業秘密に係る情報を使用してイ号装置を製作したことを認めるに足りる的確な証拠はない。
3 控訴人は、常盤産業の営業担当社員だった【F】は、被控訴人の技術担当社員の【E】の設計行為が事実上控訴人装置の模倣(真似)であった旨供述している旨(甲第一一号証)主張する。確かに、甲第一一号証によれば、常盤産業の営業担当社員だった【F】は、平成七年七月三〇日頃、控訴人の応接室において、控訴人代表者【A】の質問に対し、控訴人の右主張のとおりの趣旨ではないかとも受け取れる発言をしていることが認められるが、他方で、【F】は、「その機械が、北辰さん(控訴人)のお仕事に脅かすような機械であるか、特許があるか、そのへんの判断のついてたかついてなかったかは、私はちょっとわかりませんけども、」とも述べており、その発言全体からは、右公開公報から得られた情報を超え、控訴人装置の解体、図面作成によらなければ得られなかったノウハウともいうべき営業秘密に係る情報を使用したことを知っていて、その事実を認めた趣旨のものということは到底できず、【F】の発言を根拠に、被控訴人が右公開公報から得られる情報を超えて、控訴人装置の解体、図面作成により得られた営業秘密に係る情報を使用してイ号装置を製作したものと認めることはできない。
(二) さらに、控訴人は、常盤産業代表者の【G】は一度は謝罪をしてきたこと(甲第三号証)を本件情報及び図面を使用したことの根拠として主張する。確かに、甲第三号証によれば、被控訴人は、平成四年六月二五日付けで、「構真柱芯出治具の製造販売についてのおわび」と題する書面を控訴人に提出していることが認められところ、この書面には、「この度は御社に多大なご迷惑をおかけ致しまして、誠に申し訳けなく、心から深くおわび申し上げます。」、「誠に不躾とは存じますが何卒ご寛大なるお取り計らいを切にお願い申し上げます。」、「どうか従前通りのお取引も重ねてお願い申し上げます。」と記載されてはいるが、当時控訴人から追及されていた本件特許権の侵害等について具体的にこれを認める趣旨の記載はなく、甲第五四号証の二(常盤産業代表者【G】本人調書)及び弁論の全趣旨によれば、右おわびの書面は、控訴人が、平成四年六月当時、常盤産業が本件特許権を侵害したことなどを理由としてその責任を追及し、常盤産業に対し平成四年六月一七日付けで取引停止を通告したことから、当時、控訴人が常盤産業にとって取引高の多い長年の顧客であったため、専らその取引停止を中止して取引の継続方を懇願する趣旨で差し出されたものと認められる。
したがって、右おわびの書面の提出を根拠に、常盤産業が右公開公報から得られる情報を超えて、控訴人装置の解体、図面作成により得られたノウハウともいうべき営業秘密に係る情報を使用してイ号装置を製作したものと認めることはできず、控訴人代表者【A】の陳述書(甲第六〇号証の一、第六一号証の一)をもってしても、右の認定、判断を左右するに足りない。
4 そうすると、控訴人の本件情報及び図面の不正使用ついての共同不法行為に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 結論
よって、控訴人の原審からの請求はいずれも理由がなく、原判決は正当であるから本件控訴を棄却し、控訴人の当審における新請求である予備的請求も理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)
<以下省略>